根管治療との関わりを書いてみます。

学生時代
全く根管治療の教室、
歯内療法科には興味がありませんでした。 

歯の痛みを取って、
被せる前の下準備なんて

歯科医なら誰でも出来る
当たり前の治療だと思っていました。 

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未だに学びが続いています。
正直に言って、出来ると思ってました。
大きな勘違いなんですが、、、
あんまり程度が疑われるのも困るので、チョットだけ自慢話を

私、卒業試験で1番なんです! 

は?って感じですよね? 
でも俺は優秀だと思ってました。
ハイ。

何にも出来ない、頭デッカチの新人歯科医でした。
学生時代に患者さんに根管治療をした事は一回もありませんでした。
一本も!
確か抜いた歯を4〜5本、練習しただけです。

そんなんで出来るはずがないんですが、
歯医者の先生になっちゃったんです。

初めてする根管治療で、神経を見つけられずに
恥ずかしくて、、、
スタッフにつかないように言いました。
その後、どのスタッフさんが私に嫌われていると思われ、
実は恥ずかしくて、見せたくなかった!
んですと言わなきゃならなくなった 頃を思い出します。

で、根管治療にはまり込んでしまったのが始まりです。

友人に相談したり、
京都の先生のコースに何度も通いました。 
上手く削って、上手く詰めれるようになりたくて。

でも失敗もまだまだあって、
患者さんにお願いして、やり直す事もままありました。 

時間も長く取って、
細い器具は直ぐ痛むので、採算なんて考えずにポイポイと捨て
新しい器具を使っていましたね。

本当に私のわがままを見守って、
成長するのを我慢して下さったと感謝している勤務先の院長先生が
ゴミ箱から私の捨てた器具を持って
まだ使えるよ!
っと、

ワガママを突き通すには、自分のお金で自分の腹を痛めて
出ないと、本当にやりたい事 は出来ないって気が付きました。

その後、将来は勤務先を譲って下さるとの医院を3日で辞め、
雇われ院長をし、
事務長の不正に気がつき、
やっぱり自分で開院しないと、やりたい事 は出来ないと
卒後3年で西葛西で開院しました。

今日はここまでで。